「人質の朗読会」の目次
I. こんな人におすすめ
小さな思い出をお守りにして生きる人。
II. 作者
III. あらすじ
遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。慎み深い拍手で始まる朗読会。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは、人質たちと見張り役の犯人、そして、、。人生のささやかな一場面が鮮やかに甦る。それは絶望ではなく、今日を生きるための物語。しみじみと深く胸を打つ、小川洋子ならではの小説世界。
IV. 読破後の気持ち
この物語は、題名の通り人質の朗読会である。地球の裏側での観光ツアーの参加者と添乗者の八人が反政府ゲリラの襲撃によって拉致され、最終的に八人全員が死亡することになる百日以上の拘束期間に人質達が行った朗読会の記録だ。ただ思いつくままに話すのではなく、自分の中にある小さな思い出を書き出しただただ朗読し合う。恐怖や孤独を目の前にした状況下で行われた祈りの記録である。
例えば留守番していたある日、隣家の女性がコンソメスープを作る為にキッチンを貸したことや会社へ行く電車から寄り道して、槍投げの学生をただ見ていたことなど。生死の狭間に置かれた世界的ニュースの当事者になった中で、八人が語る思い出はとても個人的且つ小さく細やかな過去である。
またそれぞれの朗読を終えた後には、人質達の職業、年齢、性別、ツアーへの参加理由が書かれている。子供の頃の留守番の思い出を話した後、精密機械工場経営者・四十九歳・男性
と書かれてあったり、就職したばかりの頃の思い出を話した後、貿易会社事務員・五十九歳・女性、また姪の結婚式出席のための旅行中と書いてあったりする。その思い出から現在の状況を知ることで、流れた時間の中で変わったもの、また変わらないものを知ることになるのだ。
これら人質達が語った小さな思い出は、こんな状況に置かれるまでひそやかに生きてきた人質達のお守りでもあった。
「いつになったら解放されるのかという未来じゃない。自分の中にしまわれている過去、未来がどうであろうと決して損なわれない過去だ。」
恐怖や孤独と対面した中それぞれのお守りを分け渡し合うようにして、八人は生きている実感を思い出していったのだ。