「朝が来る」の目次
I. こんな人におすすめ
母や娘の人。
II. 作者
III. あらすじ
長く辛い不妊治療の末、特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫婦は民間団体の仲介で男子を授かる。朝斗と名づけた我が子はやがて幼稚園に通うまでに成長し、家族は平穏な日々を過ごしていた。そんなある日、夫婦のもとに電話が。それは、息子となった朝斗を「返してほしい」というものだった。
IV. 読破後の気持ち
「子どもを返してほしいんです」
不穏な一本の電話からこの小説は始まる。しかし全四章のうち、第一章から第三章はこの電話が届く前の出来事だ。長く辛い不妊治療を諦めた末、特別養子縁組という制度で念願の子供を授かった栗原佐都子と、望まない妊娠の末、中学生ながら出産した片倉ひかり。異なる境遇で決して交わるはずの無かった二人の女性の過去と現在が、それぞれの視点で滔々と語られていく。
第一章、第二章と佐都子の視点でしかこの物語を見ていなかった時、電話の主を金目当ての子供を奪いに来た女としか感じなかったのは佐都子も読者も同じだろう。しかし第三章でひかりの人生を目撃した後に同じ感想を持てなかったのもまた、佐都子も読者も同じだと思う。小説の読者は章ごとに視点が変わることによって、自分が抱いていた感情の変化に気が付くことは容易いだろうが、現実ではそう上手くはいかない。後からあの人にそんな背景があったなんてと手遅れになってから気付いたり、そのままそんな事情に気が付かずに終わることの方が多いかもしれない。第四章で佐都子とひかりの想いを繋いだのは、他でも無い唯一の繋がりである朝斗を通した母としての記憶である。
「ごめんなさいね。わかってあげられなくて。ごめんなさいね。追い返したりして。ごめんなさい、わからなくて」
朝斗と離れて独りで生きてきたひかりと、朝斗と出会うまで孤独だった佐都子。交わりかけてまた離れかけた二人の糸を手繰り寄せたのは、他でも無い唯一にして最大の共通点である朝斗の存在だった。他人や自分を騙しながらも苦難や葛藤の中を必死に生きてきて、それでも朝斗への想いだけは揺るがずに誠実だった二人の想いが交差するラストシーンは、朝斗を通して二人が救われる瞬間でもあった。